目次
はじめに
てくますプロジェクトのChihiroです!
この記事では、2つの封筒問題というパラドックスの紹介をします。
本記事は、数学・情報・論理パズルを楽しむ Techmath Project Advent Calendar 2024 の12日目の記事でもあります。
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2024年3月30日の「第5回すうがく徒のつどい」にて「2つの封筒問題の整備と発展」というタイトルでさせていただいた講演の内容で、Speaker Deckに講演スライド資料を置いています。
2つの封筒問題ってなに?
「2つの封筒問題」とは、確率に関するパラドックスのひとつで、「封筒交換問題」と呼ばれることもあります。
このパラドックスは、ネット上でも様々な意見がぶつかっていたり、シミュレーションしようと実験に挑戦していたりと、世間的にはまだ解決されていると思われていません。
この記事では、そんな難しそうなパラドックスを紹介から解決までしてしまおうと思います。
では、2つの封筒問題の設定を見てみましょう。
考えてみよう
どちらが得であるか調べるためには、期待値を計算すればいいですね。
そんなわけで、アキラさんはもう片方の期待値を計算することにしました。
確認する封筒は無作為に選ぶのだから、それが金額の低い封筒である確率は\(\frac{1}{2}\)であり、金額の高い封筒である確率も\(\frac{1}{2}\)である。
もう片方の封筒に入っている金額の期待値は\(\frac{1}{2}\times20000+\frac{1}{2}\times5000=12500\)円となる。
これは、確認した封筒の金額\(10000\)円より高いので、もう片方の封筒に交換した方が得である!
10000円と12500円を比べれば、12500円の方が高いです。
交換すると5000円に減るかもしれないので賭けにはなりますが、期待値が高い選択をするべきでしょう。
ところで、アキラさん出した結論「交換した方が得」は、確認した金額によるのでしょうか?
確認した金額が偶数だった場合は、アキラさんの考えのように交換した方が得になります。
実際、確認した金額が\(2n\)円だった場合、もう片方の封筒の金額の期待値は\(\frac{1}{2}\times4n+\frac{1}{2}\times n=\frac{5}{2}n\)円なので交換した方が得です。
確認した金額が奇数だった場合は、確認した封筒が必ず低い金額の封筒なので、交換した方が得になります。
つまり、確認した金額によらず、もう片方の金額の期待値が高いということになります。
ここで、カオルさんはあることに気付いて、アキラさんに反論しました。
アキラさんの考え方が正しいのであれば、最初に選んだ封筒を基準にして考えると、金額を確認せずとも、もう片方の封筒の金額の期待値の方が高い。
しかし、もう片方の封筒を基準にして考えると、金額の確認はできないが最初に選んだ封筒の金額の期待値の方が高いということになる。
これは矛盾しているので、アキラさんの考えは正しくない!
カオルさんは、もう片方の封筒の金額を基準にしてアキラさんの計算をすると、最初に選んだ封筒の金額の期待値が高いという結論も出せると気付いたのです。
実際、もう片方に偶数の\(2n\)円入っていた場合は、最初の封筒の金額の期待値は\(\frac{5}{2}n\)円なので交換しない方が得ですし、もう片方に奇数の金額が入っていた場合は、最初の封筒の金額は必ずその倍になるので交換しない方が得です。
アキラさんの考え方だと矛盾が起きるので、アキラさんの考えには間違いがあるということになります。
最初の封筒の金額を確認するまでは2つの封筒は同じ立場にあるので、交換しても損得はない。
10000円が入っていることを確認したら交換した方がいいという考えは、どんな金額を確認しても交換した方がいいという考えに繋がり、それが正しいなら確認せずとも交換した方がいいことになるので、正しくない。
つまり、金額を確認しても確認する前と同じように、交換しても損得はない!
アキラさんとカオルさんの意見は対立しています。
どちらが正しいのでしょうか!?
パラドックスの解決
実は、アキラさんの考えに間違いがあります。
確率計算での間違いの多くは、「2通りだから確率\(\frac{1}{2}\)」としてしまうことから生まれます。
「サイコロで出る目は1か1以外かの2通りであるから、1以外が出る確率は\(\frac{1}{2}\)」は正しくないですね。
すべての根元事象が起きる確率を設定してから、知りたい事象の確率を当てはまる根元事象たちの確率の和として計算するのです。
サイコロの話では、6種類の目が出るそれぞれの根元事象の確率を\(\frac{1}{6}\)に設定して、1以外が出る確率は5つの根元事象の確率を足した\(\frac{5}{6}\)と計算されるのです。
2つの封筒問題の話に戻ると、アキラさんは「確認する封筒は無作為に選ぶのだから、それが金額の低い封筒である確率は\(\frac{1}{2}\)」と考えていて、その\(\frac{1}{2}\)という確率を10000円だと確認した後にも使っていました。
確かに、確認する封筒は金額が低いか高いかの2通りですし、無作為に選んでいるので確認する前はどちらの確率も\(\frac{1}{2}\)です。
しかし、無作為に選んだ結果だとしても、中身が10000円であるような状況だけに絞って考えたときの10000円が低いか高いかの確率は同じだとは限りません。
例えば、サイコロで出た目が1である確率は\(\frac{1}{6}\)ですが、出た目が偶数だと教えられてからも\(\frac{1}{6}\)のままでしょうか?
偶数が出たと知ってからは、偶数が出た状況だけに絞った事後確率を使う必要があるので、出た目が偶数だという情報のもとでの出た目が1である事後確率は\(0\)になるのです。
では、アキラさんが期待値の計算に使うべきであった、中身が10000円である状況に絞ったときの10000円が低いか高いかの事後確率はいくらだったのでしょうか?
事後確率を計算するために必要な情報は「封筒にどれくらいの確率でどれだけの金額が入れられているか」と「どれくらいの確率でそれぞれの封筒を選ぶか」という確率分布です。
後者は問題設定に書いているので、それぞれ\(\frac{1}{2}\)ですが、前者の設定はあるでしょうか?
今回の問題には、「封筒にどれくらいの確率でどれだけの金額が入れられているか」の設定がありませんでした。
「そんなの、ランダムで金額が決まっていることにすればいいんじゃないの?」と思うかもしれませんが、それもできません。
なぜなら、どの金額も同じ確率で入れられるような一様な確率分布を設定することはできないからです。
実際、低い方の金額を1円に決める確率を\(p\)(\(0<p\le1\))とすると、低い方の金額を2円に決める確率も\(p\)ですし、3円も4円も同じにしなければなりません。
それらを足していくと、合計の確率の値が1を超えてしまうのです。
アキラさんは間違った事後確率で考えを進めてしまいましたが、正しい事後確率もなかったのです。
2つの封筒問題の解決は次のようにまとめられます。
この問題では、封筒に入れる金額を決める確率分布が設定されておらず、金額が一様であるという自然な設定もできない。
よって、この問題の状況は存在せず、パラドックスは発生していない。
この問題はシミュレーションもできませんし、どちらが得かという問いには間違った答えはあっても正しい答えはありません。
自然でない確率分布を設定すれば、この問題は実現でき、その状況においてはどちらが正しいかも調べることができます。
例えば、大きな金額ほど入れられている確率を下げて、低い方の金額が倍になる状況は半分の確率でしか起きないように確率分布を設定すると、事後確率が計算できて交換で損得のない状況になります。
最後に
パラドックスの解決としては、なんだかあっけない感じがしますね。
「あり得ない話なのだから、対立なんてなかったし、考えてもしかたない」で終わってしまうと寂しいですし、アキラさんとカオルさんの対立にはもっと根本的な部分での衝突がありそうです。
次回は、2人の対立が残るように問題を整備して、再び考察してみましょう!
お金の入った2つの封筒があり、片方にはもう片方の2倍の金額が入っているが、どちらにいくら入っているかはわからない。
無作為に封筒を1つ選んで中を確認すると1万円が入っていたとき、どちらの封筒を受け取ることが得であるか?